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写真編集なし! 水滴のなかに映った世界地図 : ギズモード・ジャパン
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アルファルファモザイク - なるほどwww セイバーの「よくわかる!腹パン講座」

人の話の聴き方が上手い人には共通する特徴があって、それは列記するとこのようなことだと思う。

 1.人の話をおもしろがって聞く。

 2.なにか広がりそうなところがあると、そこを聞いてみる。

 3.相手がなにを話しても、攻撃的にならず、たしなめ方が上手い。

 4.自分の話もするのだけど、それはあくまで対比としてする。

 5.自分の話をするときは、たいてい、一歩下がった位置でおもしろおかしい失敗譚が多い。

 6.相手が話したがりそうなところを見つけるのが上手い。

 7.話し手を全肯定する。

 8.ちょっとぐらい矛盾があってもつっこまない。

 9.相手の話を否定しない。

 etc……

 これってなんなのだろうと考えると、ホスト・ホステスの話の聴き方に近い。

 ひとことで言えば、話し手を主役にするのが上手い人なのだと気付いた。

20091223141728 (via footwork) (via ssbt)
2009-12-25 (via gkojay) (via kashiyukalove) (via mcsgsym) (via komahiko) (via srggnsbrg) (via at-blr-me) (via lunatickitty) (via plasticdreams)
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利益で人を殺すのが戦争で、怨恨で人を殺すのが殺人で、法で人を殺すのが正義
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gza20090909:


 
父はソーシャルメディアという言葉も知らずブログやSNSといったサービスについても「?」な状態です。ここからいきなりFacebookやTwitterをやらせるのは酷というもの。そこでまず父のプロフィールを洗い出し、「特化型SNS」をやらせてみようと思いました。以下は父のスペックです。
年齢:61歳学歴:中学校卒職業:農業、自動車整備士趣味:バンド(ドラム担当)音楽鑑賞(主にハードロック、ヘヴィメタル)ミリタリー(国内外、時代問わず)ペーパークラフト

実は父は肺癌で余命2年を宣告されている末期癌患者なのですが、どういうわけか入院中にペーパークラフトにどハマりしてしまったらしく、さらに元からあったミリタリー趣味が相まって1日1個ペースで戦闘機のペーパークラフトを作りまくっているとのこと。挙げ句の果てには「リアルな戦闘機を見て作品作りの参考にしたい」という理由だけで車をぶっ飛ばして青森県三沢市の米空軍基地に行ってしまうほど。ちなみに私の実家は秋田県の中でも山形に近い超県南なので、そこから青森県三沢市へ行くとなるとほぼ「秋田縦断」です。
そこで思い付いた!フィギュアSNSの「fg」だ!

(中略)

父は文章が書けない。他のUGC系SNSと同様、fgにも自由に作品の説明文が書ける機能があるのですが(1000字以内で)、ここで完全に父の手が止まりました。
私:「作品について何でも好ぎなごど書いでいいんだど。製作でこだわった点どがアピールポイントどがよ。」父:「何たごと書いだらいいべ。さっぱり思い付がね。」
最初はプロフィール設定の時と同様にネットに何かを書くことを遠慮しているのだろうかと思ったのですが、どうやら本気で何を書けばいいのか分からない様子。そこでふと気付きました。これまでの人生の中で自分の意見や主張を書き記し公に発表する機会を与えられなかった人間に、「自由に何でも書いていい」と言ったところでスラスラ書けるわけがないと。いきなり見知らぬ土地に無一文で放り出して「好きな所に行ってもいい」と言うようなものです。
そこで誘導!
私:「このF-18作ったどぎ一番大変だったなどごだ?」父:「ミサイルだな」私:「ミサイルは設計図さ無がったよな?」父:「んだ。ホットドックの棒どごカッターで削って作ったなだ」私:「そういうごど書げ」父:「あーなるほどな!」
こんな感じでとりあえず最初に4作品を投稿してみました。
 
(中略)

父がPCの前から離れなくなった
どういうわけか一番最初に投稿したメルセデスベンツのクラシックカーのペーパークラフトが人気で、投稿後1日で閲覧数が100件を突破し評価数も上々。またマイリストに入れてくれたユーザーもいました。これには父も心底驚いたようで
父:「これは日本中の人が見でけだってごどだべが?」私:「fgには海外ユーザーもいるがら、もしかしたら外国人も見だがもしんねえな」父:「そんたごど昨日まで想像もしねがったでゃ 。このマイリストってなんだべ?」私:「これが『自分の気に入った作品』だってごどだな」 父:「どごのどんた人がおらの作品どご評価してけだなだべ?信じらんねえ。」
と、完全にfgにどハマってしまいました。そして閲覧数や評価、マイリスト数が気になりだしたのか各作品のページをリロードし続けるという作業に没頭。

しまいには「リロードするたんびに何十人って単位で閲覧数増えでってら。ってごどはこの瞬間にそれだげたくさんの人がこごどご見でらってごどだな?やっぱりみんな仕事終わった夜に見でるんだな。んだば夜に投稿すればそれだけいっぺえ見でもらえるな。」「どうも戦闘機が人気あるな。戦闘機の閲覧数の増え方が一番早え。」と分析まで始める始末。
そして…

いきなり新作製作開始。
作品があるからfgに投稿しよう↓fgに投稿したいから新作を作る
に完全に目的がすり替わっています。こうしたUGC系のSNSは、その存在自体がユーザーの創作意欲の向上及びモチベーションの維持に役立っているんですね。
 
(中略)

さらにその後父は
・ 最初から最後まで自力でfgに投稿・デジカメで自力で作品写真を撮影・Web上で画像編集用のフリーソフト をダウンロード・その画像編集ソフトで作品写真のサイズ変更や補正を行う・屋外撮影
などなど猛烈な勢いで”進化”していき、私が実家に滞在した1週間のうちに計11点もの作品を投稿。その後も継続的にfgにログインしているらしく現在21点の作品を投稿しています。最初こそ作品の説明に何を書いていいかすら思い付かない状態でしたが、現在では稚拙ながらもちゃんと1つ1つに説明文を書くようになりました。それまでSNSのSの字も知らなかった田舎のオッサンがこんな短期間にここまで”進化”するなんて我が親ながらヤバイです。
もしかしたらこうした農村部の中高年にこそソーシャルメディアは必要なのかもしれません。中高年に限らず農村に住む人は「こんなちっぽけな自分に一体何ができるんだろう?」という、ある種の無力感と閉塞感を抱えて生きているようなところがあります。しかしそれもほんのちょっとした「きっかけ」さえあればあっと言う間に変わるのではないでしょうか?fgを使うことにより一気に進化した父のように。ソーシャルメディアは「個人」こそが最強のコンテンツで、且つどこにいてどんな仕事をしていようと世界中の人々と瞬時に繋がることができます。ソーシャルメディアを活用すれば、農村の無力感や閉塞感を吹っ飛ばし新たな才能を掘り起こすこともできるのではないでしょうか?

(via 【特集コラム】親父にフィギュアSNS「fg」をやらせてみた « VSmedia)

gza20090909:

父はソーシャルメディアという言葉も知らずブログやSNSといったサービスについても「?」な状態です。ここからいきなりFacebookやTwitterをやらせるのは酷というもの。そこでまず父のプロフィールを洗い出し、「特化型SNS」をやらせてみようと思いました。以下は父のスペックです。

年齢:61歳
学歴:中学校卒
職業:農業、自動車整備士
趣味:
バンド(ドラム担当)
音楽鑑賞(主にハードロック、ヘヴィメタル)
ミリタリー(国内外、時代問わず)
ペーパークラフト

実は父は肺癌で余命2年を宣告されている末期癌患者なのですが、どういうわけか入院中にペーパークラフトにどハマりしてしまったらしく、さらに元からあったミリタリー趣味が相まって1日1個ペースで戦闘機のペーパークラフトを作りまくっているとのこと。挙げ句の果てには「リアルな戦闘機を見て作品作りの参考にしたい」という理由だけで車をぶっ飛ばして青森県三沢市の米空軍基地に行ってしまうほど。ちなみに私の実家は秋田県の中でも山形に近い超県南なので、そこから青森県三沢市へ行くとなるとほぼ「秋田縦断」です。

そこで思い付いた!フィギュアSNSの「fg」だ!

(中略)

父は文章が書けない。他のUGC系SNSと同様、fgにも自由に作品の説明文が書ける機能があるのですが(1000字以内で)、ここで完全に父の手が止まりました。

私:「作品について何でも好ぎなごど書いでいいんだど。製作でこだわった点どがアピールポイントどがよ。」
父:「何たごと書いだらいいべ。さっぱり思い付がね。」

最初はプロフィール設定の時と同様にネットに何かを書くことを遠慮しているのだろうかと思ったのですが、どうやら本気で何を書けばいいのか分からない様子。そこでふと気付きました。これまでの人生の中で自分の意見や主張を書き記し公に発表する機会を与えられなかった人間に、「自由に何でも書いていい」と言ったところでスラスラ書けるわけがないと。いきなり見知らぬ土地に無一文で放り出して「好きな所に行ってもいい」と言うようなものです。

そこで誘導

私:「このF-18作ったどぎ一番大変だったなどごだ?」
父:「ミサイルだな」
私:「ミサイルは設計図さ無がったよな?」
父:「んだ。ホットドックの棒どごカッターで削って作ったなだ」
私:「そういうごど書げ」
父:「あーなるほどな!」

こんな感じでとりあえず最初に4作品を投稿してみました。

(中略)

父がPCの前から離れなくなった

どういうわけか一番最初に投稿したメルセデスベンツのクラシックカーのペーパークラフトが人気で、投稿後1日で閲覧数が100件を突破し評価数も上々。またマイリストに入れてくれたユーザーもいました。これには父も心底驚いたようで

父:「これは日本中の人が見でけだってごどだべが?」
私:「fgには海外ユーザーもいるがら、もしかしたら外国人も見だがもしんねえな」
父:「そんたごど昨日まで想像もしねがったでゃ 。このマイリストってなんだべ?」
私:「これが『自分の気に入った作品』だってごどだな」 
父:「どごのどんた人がおらの作品どご評価してけだなだべ?信じらんねえ。」

と、完全にfgにどハマってしまいました。そして閲覧数や評価、マイリスト数が気になりだしたのか各作品のページをリロードし続けるという作業に没頭。

しまいには「リロードするたんびに何十人って単位で閲覧数増えでってら。ってごどはこの瞬間にそれだげたくさんの人がこごどご見でらってごどだな?やっぱりみんな仕事終わった夜に見でるんだな。んだば夜に投稿すればそれだけいっぺえ見でもらえるな。」「どうも戦闘機が人気あるな。戦闘機の閲覧数の増え方が一番早え。」と分析まで始める始末。

そして…

いきなり新作製作開始。

作品があるからfgに投稿しよう

fgに投稿したいから新作を作る

に完全に目的がすり替わっています。こうしたUGC系のSNSは、その存在自体がユーザーの創作意欲の向上及びモチベーションの維持に役立っているんですね。

(中略)

さらにその後父は

・ 最初から最後まで自力でfgに投稿
・デジカメで自力で作品写真を撮影
・Web上で画像編集用のフリーソフト をダウンロード
・その画像編集ソフトで作品写真のサイズ変更や補正を行う
・屋外撮影

などなど猛烈な勢いで”進化”していき、私が実家に滞在した1週間のうちに計11点もの作品を投稿。その後も継続的にfgにログインしているらしく現在21点の作品を投稿しています。最初こそ作品の説明に何を書いていいかすら思い付かない状態でしたが、現在では稚拙ながらもちゃんと1つ1つに説明文を書くようになりました。それまでSNSのSの字も知らなかった田舎のオッサンがこんな短期間にここまで”進化”するなんて我が親ながらヤバイです。

もしかしたらこうした農村部の中高年にこそソーシャルメディアは必要なのかもしれません。中高年に限らず農村に住む人は「こんなちっぽけな自分に一体何ができるんだろう?」という、ある種の無力感と閉塞感を抱えて生きているようなところがあります。しかしそれもほんのちょっとした「きっかけ」さえあればあっと言う間に変わるのではないでしょうか?fgを使うことにより一気に進化した父のように。ソーシャルメディアは「個人」こそが最強のコンテンツで、且つどこにいてどんな仕事をしていようと世界中の人々と瞬時に繋がることができます。ソーシャルメディアを活用すれば、農村の無力感や閉塞感を吹っ飛ばし新たな才能を掘り起こすこともできるのではないでしょうか?

(via 【特集コラム】親父にフィギュアSNS「fg」をやらせてみた « VSmedia)

ソーシャルゲームは、組織の成り立ちを学ぶのに意外と良いツールかもしれない

探検ドリランドしながらロングブレスダイエット」の続き。

1週間プレイしてみてゲームについては少し理解できた。


まず一人プレイの侘しさを振り返る

課金なしの場合、「完全に一本道」&「たたかう」しかコマンドがないドラクエという印象。

持ってるカードがすべてで戦略とか全くないから一人で黙々とプレイしているとすぐに詰まる。なにより全く面白くない。

自分一人ではまともに進まない。ボスと戦えない。

ボスに勝てないとろくなアイテムが手に入らない。

改めて思うけれど、ドラゴンクエスト1ってのは、一人旅であそこまで盛り上がるゲームを作れたという意味で神だと思う。

とにかく、一人プレイというのは、かなり知恵を使わないとすぐに行き詰まりになる。これがポイント


仲間プレイの楽しさを知る

仲間が増えると一人プレイでは考えられなかったくらいに可能性が広がる。

仲間がいれば強いボスでも何とか倒せる。

しかボスを倒せば、みんなで報酬を分け合える。

みんなで壁を乗り越えるという体験は相当気持ち良いものだろう。

幸いこのゲームの仲間集めは極めてストレスが少ない。

一人プレイの侘しさはプレイヤーがすぐ実感することになるし、後述するが仲間になるデメリットも無いので申請しやすい。

非コミュ死語)の方でも機械的に仲間を増やすことが可能だ。(この部分がドリランドが一番人気である理由だろう)

ちなみにネトゲだと仲間に手を貸すのは面倒だが、ソーシャルゲーム場合、仲間登録さえしていれば勝手に協力する。

協力しあうメリットけがあって、協力するための手間を削っているため、まずます協力し合うことが魅力的に見える。

さらに、リアルネトゲーと違ってみんなで分けると経験値が下がったりとか、一人あたりの取り分が減ったりということもない。

一人だと1000万円の会社しか作れないが、みんなで出資したら1億円の会社が作れて、しかもみんなが1億円分の持分があるみたいな不思議光景

他人の存在純粋プラスという、今時ポジティブ教でもここまで性善説に満ちた世界イメージできないよ、というくらいの仲間至上主義。

奪い合いは一切無し、仲間がいることのデメリット特に無し。

いやー仲間って本当にすばらしいもんですね。



仲間で助けあう楽しさを学んだら、組織を作ってさらにパイを大きくしていこう

キレイネトゲってこんな感じじゃないだろうか

・人が人を脅かしたりものを奪ったりは原理的に不可能。PKとかなにそれおいしいの?他人とは仲間として協力し合う以外の関わりを持たないよ。

世界リソース無限にある。協力しあって一人では倒せないボスを倒せればいくらでも手に入る。

・つまり、みんなで協力し合えばみんなハッピー

自己啓発セミナーで5時間くらいかけて語る「理想の世界」がこの世界では当たり前のように実現している。

何者にも脅かされない。ただ、勤労(目の前のボタンクリック)しているだけで友だちが増えて、みんなに認められて、世界が成長していく。

シンプルかつバラ色の未来

高度経済成長期の日本ってこのくらい幸せ世界観を持ってたのかもしれないなー、とか思ったり。

弱いやつからすれば、強い奴の仲間になってオコボレを頂きたい。

強い奴からしても、弱い奴でもいないよりはいたほうがいい。

そいつらが育ってくれて将来的に貢献してくれるなら、十分に元は取れる。幸い育てるのに大して手間はいらない。

かくして下っ端の間はみんなが自分を助けてくれる。引っ張り上げてくれる。

上の立場になっても成長していってる間はみんな自分尊敬してくれる。

勝利し続けている間はみんなが自分を慕ってくれて、自分のためにいろんな貢献をしてくれる。

このあたりはすごく楽しいと思う。

順調に成長している間は、チームとか組織って多分すごくキレイなんだと思う。(まぁ成長の段階で既に争いのタネがいっぱい出てくるわけだが)



組織を作ったら次は上下関係の中で生き残り合戦が発生する

まぁ実際はそれほど甘くはないですが。

このゲーム存在する制約は、仲間数制限。

ルーキーズ」がどんだけ仲間至上主義でも野球は9人しかスタメンになれないのと同じ。

このゲームも一番美味しいところにありつける(同時に最前線で戦う)スタメンは10人まで。

スタメン枠はできるだけ強いやつで固めたい。オコボレだけ欲しがってるような奴はいらない。

この世界には人間同士に「敵・味方」はいないけれど、「上・下」は厳然として存在する。

下のものは上のものに貢献できなければ切り捨てられてしまう。

上のものは上のもので、同レベルの仲間や下のものに十分な褒美をやらなければ見捨てられてしまう。

現実だったら、名誉とか称号とかいろんな方法ごまかせるが、

このゲームはとにかくカードしかいからその報奨を用意しなければいけない。

※このあたりから共和制ローマ」がいかにして出来上がったか、みたいな話をしようと思ったがさすがに説明が面倒なので省略


成長が止まるとそこから先は地獄の始まり・・・

しかし、上になればなるほど常に戦に勝って何かを獲得し、供給し続けなければいけない。常に成長し続けなければいけない。

ところが、十分成長した後は、課金なしだと敵だけどんどん強くなって、こちらのレベルも戦力もなかなか伸びなくなる。

・・・このあたりから多分なにか狂い始めるんだろうと思う。まだそこまでいってないかわからんけど。

こういうゲームにおけるレアカードはあくまで「借金」であって、依存すると危険な感じがする。

一度借金に頼り始めると、あとは地獄まで一直線みたいなやばげな匂いがプンプンするぜー。


成長が止まったゲーム組織)はどんどん放棄して次のゲーム組織)に乗り換えていく必要がある

ソーシャルゲームは1アイデアで極めてシンプルしか組織の人員の上限が決まっている。

当然そのポテンシャルまで育てきったら成長はストッします。

しかもそのポテンシャル上限はあっという間に到達するし、最初から目に見えています

そのあとは組織の衰退と、組織内での生き残りを欠けた内ゲバが待っている。

リアルであれば、日本大企業のように、

関連企業下請けからプラスの要素だけ吸い上げてマイナス押し付けるという

延命を図るための腐りきった仕組みも可能であるけれども、ゲームではそういうPKよりもえぐい行為は禁じられている。

故に、どこかで見切りをつけて次の舟に移る必要がある。

もっとも、ソーシャルゲーム場合GREE社長自らが言ったように他の船はどれもコピペみたいな内容で

どこに移ってもそう代わりはないので、一斉に反映して一斉に沈没すると思われる。

あの発言って生態系とか無視して自然破壊をする悪徳社長の発言だと思うんだけれどうわなにをすr



実はリアルより厳しい?ソーシャルゲーム

起業家とか、ネトゲギルマスとかの楽しさを苦しさを象徴的に理解するには良いゲームなんじゃないかと。

リアルの痛さもないし、あくまで象徴的な意味しかからないけれど、

ゲームだけに、人情とか付き合いといったごまかし一切抜きでみんなデジタルに行動するので  

むしろ百戦錬磨の実際の経営者とかがプレイした方がズシッと来るかもしれない。「リアルより難しい」とか唸ってしまいそう。

最終的には狭い選択肢と厳しい条件ではにっちもさっちもイカなくなることを学ぶゲームなのかもしれない。

あるいは「胴元」がいるゲームは絶対にプレイしてはいけない、ということを学べるかもしれない。

まり「このゲームを始めた時点で負けが確定していた」ということを痛感することになるだろう。

そして、いかにこういう「負け戦」に巻き込まれないように知恵を使うかとか、

打てる手の幅を広く確保することがいか重要か、とかも考えるようになるかもしれない。

他にも、複數のソーシャルゲームを回しているなら、「EXIT」をどこに設定するか、といった知恵も身につくかもしれない。

まとめ ソーシャルゲームからも学べることはあるような気はする

ソーシャルゲームから学ぶことなど何もない、という大人の声もあるが、

リスクを背負って起業させたりするよりは安全だし、

部活リーダーシップ発揮したり、バイト経験したことがない息子に社会を学ばせたりするならアリじゃないかと。

もっとも、リアル組織運営とかリーダーシップを行なっている人には全く不要であることは間違いない。



蛇足

タイトル修正しました。最初は「バッドエンドしか見えないゲーム」というタイトルでした。

これはやってて「Hunter×Hunter」というよりは「狂死郎2030」あたりと同じディストピア臭を感じたから。

洗脳された下層市民が嬉々として国家を崇め奉り、喜んで勤労奉仕に励み、

上級市民が下層市民の尻を叩いて積極的に上層部搾取助長し、下層民から搾取して国家を動かす上層部人間権力争いで汲々としている。

「狂死郎2030」の世界では、結局レジスタンスやらなんやらで国を変えていこうという試みはすべて失敗して、主人公とヒロインが逃げ出すのが精一杯だった。

自浄作用機能しない、自壊していくのを先延ばしにしてるだけのどうしようもない世界

誰も幸せそうでないあの世界。ある意味下層民がもっと幸せで、頑張って成長するとどうしようもなく行き詰った世界現実に気づくという構造

ここまで書くと言いすぎだと思ったから辞めたわけだけれど、まぁ蛇足からいいよね。

blendy999:

柏 木 由 紀

昔RPGが好きだった。RPGから学んだ人生哲学は多い。今思えば仕事でも役立つものが沢山ある。

    • 何度聞いても同じ話をする人にはかまうな。
    • 長老はたいてい大事な話する。長老から話を聞け。
    • 説明書に肝心なことは書かれていない。
    • セーブはこまめに。
    • ラスボスは必ず変身するから、気を抜くな。
    • 集中力は寝ないと回復しない。だから魔法を唱えられなくなる前に帰って寝ろ。
    • 回復に専念してるようでは、そのうちにMPが尽きてやられる。攻撃の手をとめちゃいけない。
    • パワーがあっても素早さが低いとターンが回ってこない。速いやつは使い勝手がいい。
    • レベルの高いパーティーに紛れ込めばあっというまにレベルが上がる。
    • ある程度したら、新しい土地へ行かないとレベルアップしなくなる。
    • 物凄い経験値を貰える敵は、逃げ足がとんでもなく速い。
    • 勇気と行動力があるヤツが一番偉い。